悲鳴も吐息ももう聞こえない。
 聞こえるのは風の音。
 身を切るような寒さを連れ、吹き荒れる風の音だけ。


 期待をしていたわけではない。
 期待など抱いた事はない。
 終われば、解放されるなどと。
 そんな事は思うだけ無駄だろう。

 勝手な呪縛だった。俺はいつでも自由になれたのに、それでも過去に縋り続けたのだ。
 過去にとらわれていたわけじゃない。とらわれるほど、抉られるほどの思い出があるわけでもない。
 彼女と出会い、笑った時間など、この長い長い夢のうちのほんの数瞬。
 それを奪われたからと言って、――俺が仇を討つ必要なんて、本当は、なかったのだ。
 どこにも。


 これは、復讐ではない。
 そして恋でもない。

 俺は彼女を利用していた。
 復讐を考えている間は何も考えずにいられた。悩む事も考える事もない。
 俺は彼女を利用した。復讐を理由に生きた。
 そして今、世に厭いて、復讐の達成を理由に死のうとしている。


 これは、恋ではない。


 神は俺を業火で焼くだろうか。そうであればいい。
 俺はもう二度とこの眼を開けたくない。
 彼女のいない世で生きていたくない。
 もう見ていたくはない。
 何も。
 これから先、一秒たりとも。


 残った銃弾はあと一発。
 何度となく命を奪った指先は息の根を確かに止めるだろう。


 ああ。

 草原の美しさよ、
 吹きわたる風の美しさよ、
 だがそれもすべて彼女がいればこそ。
 彼女が還った場所だからこそ。


 後悔はしない。
 後悔などない。
 あるべきところに還るだけ、
 ただひとり、――心を明け渡した人のところへ、向かうだけ。




 




 こぼれおちた涙は草原が拾う。




 (いち)

 息を吸って、

 (に)

 風が吹き抜ける、

 (さん)

 最後に見上げた空は、透き通るように青く――














 ぱあん。