何のために生きるのか。 何のために人を愛すのか。 明日にもいなくなるかもしれない、明日にも心変わりをするかもしれない人の心を、どうしたら信じられるのか。 臨也と出会う前、私はずっとそんな事を思っていた。 今ならば、少し、解る。 何のために生きるのか、何のために、愛すのか。 誰かに出会い、誰かを愛し、誰かに愛されて、その記憶を持って生き続ける。 臨也の記憶や過去と共に、訪れる未来を生きていく。 死を受け入れる、ということ。苦しみを忘れてしまうこと、乗り越えること。 それは、何も薄情な事ではない。毎日直面している別れと何も変わらない、成長であり変化であり、なにより。 それが、生きている、生きるという事なのだと思う。 彼が教えてくれた事、彼と出会ってから得たものすべて。 それらと共に生き、私は誰かにそれを与え、また誰かがそれを別のひとに繋げていく。 偉人が成した事が後世にのこる様に。私の、臨也の、そして、私たちの見たものが、他の人に伝わって生きていく。 そのために、私たちは生きている。 誰かを心から愛し、愛した人の記憶、そして見た世界を持って、それを、また伝えていくために。 あれから、2年が過ぎた。 臨也と出会ってから7年、私はまだ、ふたりで過ごしたあの部屋に住んでいる。臨也が遺したものだった。帰る場所のなかった私に、臨也は帰りたいと願う場所を作ってくれた。 臨也の手紙は今でもまだ大事にしまってある。読みながらこぼした涙のせいで少しだけよれた手紙は、今でも私を幸せにする。それは、決して後ろ向きなものではなく、また、幸せだった過去を思い出すためのものじゃない。読み終わったら前を見て、また明日からどうにかやっていこうと思わせるものを与えてくれるものとして。 手紙の内容は、まったく間抜けだった。馬鹿じゃないの、読み終わってそう思った。あれだけ幸せだったのに、気付いていないだなんて言わせない。あれほど愛したのは、選択肢がなかったからじゃない。誰か、誰でもいい他人にすがりたかったからじゃない。ただ、臨也だったからだ。 だって、私は、その気になればいつだって、この部屋を出ていく事が出来たのだから。 臨也。 そろそろ、新宿にも春が来るよ。ふたりで、たくさんの事を約束した春が、また。 私はその約束を、ひとりで叶えて、そして胸にその記憶を刻みつけていく。 ――いつかまた、臨也に出会う時のために。 いつか、この空の上で、この宇宙の中で出会った時に。 私が見てきた事、私が感じた事、そして、臨也を通じて見たこの世界の美しさを、すべて。伝えられるように。 新宿のネオンは、今日も変わらず、星を隠して瞬いている。
もう眼は開かない
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