やっちゃったから。 玄関を開けるなり、出迎えた私に向かって蓮はそう言った。私がおかえりを言うよりも早くそんな言葉を投げ、さらには「あ、オンナとじゃないから」なんていらない説明までする。 足。 その言葉とともに蓮はゆっくりと靴を脱いで、呆然と動きをとめた私の顔を見て笑った。 「はは、すげー不細工。ウケる。」 私はまだ何も言えなかった。 「なんか言えよ。おい。ブス。」 「……ブスっていうな。」 「いまの自分の顔よく見てから言えっつーの。」 この世の終わりみてーな顔してんじゃねえよ。 そう言って蓮は部屋にあがって廊下を進んでいく。ご丁寧に、私の手を引いて。いつも通り力強い足取りで進む蓮と、よたよたとしか進めない今の私だけ見ると、蓮のことばは性質のわるい冗談にも思えた。そう思いたかった。 だけど、この男がそんなことを言うはずがないことを、もしかしたら誰よりも間近でみてきた。どんなに思いやりがなくて、仮にも彼女である女に向かってブスと言い放つような男でも、ことサッカーに関してだけは蓮は真摯だったから。 こんなこと、いくら酔っぱらったって、口が裂けたって、冗談でも言うはずがないのだ。 なあ。 蓮は私の腕をつかんだ手に力をこめてそう呼びかける。私たちはまだ、冷えた廊下で立ち尽くしたまま、どこにも進めないでいた。 なあ、 「おまえの足と交換してよって言ったらかえてくれる?」 蓮は私に背を向けたままでぽつりとそう言った。ひどくしずかな声音。物騒なことば。彼の願いを叶えてあげられない自分が、とても、意味のないものに思えた。 差し出したかった。サッカーにすべてをささげたこの男に、私があげられるもの、持っているものを、ぜんぶ明け渡したいと、そう思っていた。けれど実際には、蓮が必要としてるもので、私があげられるものなんて何一つない。私はいま、蓮にかけられる言葉すらひとつとして持っていないのだった。 蓮。名前を呼ぶ。体温ですら必要としていないみたいに見えた。この男がいま涙を流しているのかどうかすら私には解らない。掴まれたままだった腕を引こうとすると、ぎゅうと、痣が残りそうなほどの力で引き留められる。 蓮。 背中に頬を押し付ける。蓮のからだは震えてなどいなかった。 蓮はきっと、この夜の事を、思い出さないだろう。 |