からの荷物は、いつだって朝一番で届く。

 厳重に何度も重ねられたガムテープにナイフを入れながら臨也は薄く笑う。どちらかと言えば朝に弱い自分への意趣返しなのだろう、日付指定は常に午前中で、但し書きにはご丁寧に「不用品」。律儀な嫌がらせで傷つくのは、臨也ではなくむしろ自身だと思うのに。
 さほど大きくない段ボールの中には、ここ2か月ほどの間に、臨也がの部屋に置いてきたものが洩らすことなく入っている。黒のコート、一本だけ吸いたくて買った煙草ひと箱、歯ブラシに下着、殴り書いたメモ。臨也は自分の持ち物をひとつひとつゴミ箱に投げ捨ててから、底に隠れるようにして添えられたの手紙を読み上げる。

 「“あなたの部屋にある私のものも同じように郵送して、勝手に捨てたら殺す”……、と」

 いったい何度同じことを繰り返せばは納得するのだろう。臨也の恋人であるは、短ければ一週間、長くても3か月ほどの周期で臨也を自分の人生から追い出そうとする。自分の身辺にある臨也の私物を送り付け、二度と会わないと宣言することで、関係を終わらせようとするのだ。「もう耐えられない」という言葉とともに、いたって一方的に。
 癇癪にまかせてすべて自分で捨ててしまえばいいのに、馬鹿みたいに生真面目なあの娘はそう出来ないらしい。その甘さに臨也がつけこみ続けて、いったいどれほど時間が流れた事か。臨也はもう、から何の前触れもなく荷物が届こうとも、昔ほど動揺することはなくなった。

 はいったいどんな気持ちで、毎回同じ言葉を書き、臨也の荷物を箱に詰めるのだろう。
 もちろん臨也には、郵送してほしいというの言葉を叶えるつもりはなかった。




 それから数日後、自宅の鍵穴に金属が差し込まれる音を聞いて、臨也はにんまりと唇の端を持ち上げる。この部屋の合鍵を持っている人間は一人しかいない。その人物はドアを開けて窺うように体をすべりこませると安堵の息をひとつ。電気の消えた室内を見て誰もいないと思ったのだろう、その浅はかさが愛おしい。
 「おかえり」
 笑みを含んだ声で呼びかけると途端に背中が跳ねる。折れてしまいそうなほどに華奢なからだ。この家から出ていた日数分、ろくな食事をとっていなかったに違いない。
 「……お邪魔します」
 硬質な返事に臨也の唇はますます持ち上がる。わかっていない、本当にこの娘ときたらわかっていないのだ! そうやって突っぱねようとする態度、さまよわせた視線、戸惑った指先、そうしたものを臨也が気に入っているという事を。他人行儀なその姿勢、不器用な生き様、おろかでかわいそうで、だからこそかわいくってたまらない。

 「返して」
 「何を?」
 「……私の部屋から勝手に持って行ったもの、全部よ」

 は苛立たしそうに髪の毛をかきあげて臨也をにらみつける。解っているくせに、と言葉を続けるに、臨也は知れず唇をゆがめた。そんなこと、もちろん言われずとも解っている。本当に何も解っていないのはの方だ。
 この関係が終わってしまわぬように臨也がどれだけの努力を続けているのか、は何も知らない。繋ぎとめるために臨也はせっせとの部屋に私物を持ち込み、そしてまたにとって大切な思い出をこの部屋に持ち帰り続けているというのに、は何も解っていない。いつか終わる未来を考えては『耐えられなく』なる。そうなる前に全部自分から捨ててしまおうとする。そんなが興味深くて、好ましく、だからこそ時折ひどく憎らしくなる。

 「ねえ、。君は本当に返してほしいのかな?」

 試すように臨也は問いかける。ぐっと言葉に詰まったを見て、臨也は今日も自分の勝利を確信した。ここでためらいなくが言葉を返したなら、その時がふたりの終わりだと臨也は決めている。だけどそれはまだ、今日じゃないらしい。
 はてのひらをきつく握りしめて俯いた。叱られた子供みたいにばつが悪そうに立ち尽くしたまま、は耳をそばだてなければ聞こえないほどの小さな声でぽつりとつぶやく。

 「……私にとって、一番いらないのものがここにあるのに、どうして捨てられないの?」

 臨也はゆっくりとに近づき、やせっぽちなからだに腕を回して適当な相槌をひとつ打つ。そうだね。どうして君は、俺と、そして自分の気持ちを捨てられないんだろうね。

 「いらないのに」
 「うん」
 「全部全部、なかったことにしたいのに」
 「うん」
 「どうして?」

 聞き分けのないこどもみたいには言葉を続けた。臨也はただ黙っての言葉に耳を傾け、どうしてだろうねえ、と何の意味もない言葉を返し、ふたりを結ぶ切れそうな糸をきつく結び直すのだ。

 そうしてまたひとつ、夜が明ける。