はいこれあげる。いつも通り語尾がすこし伸びたことばとともに、敦は差し出したものは、マニキュアだった。それもひとつじゃない。飴玉みたいに透明できらきらした色のものばかり、たくさん。

 「どうしたの? これ」
 「ん〜。お菓子が足りなくなって、ドラッグストアに入ったら、あったから」
 「めずらしいね」
 「ちんが前にこんなん塗ってたの見てたし」
 「うん」
 「あと、かき氷のシロップに似てるし」
 「なるほど。」

 そう言われてみれば敦の言葉通り、手の中の小瓶はシロップによく似ていた。いちご味とレモンとブルーハワイ。かわいらしい贈り物。

 「ありがとう。大切にするね。」

 そう言って笑いかける。私の先端部分がどのように変わろうと、きっとこの男の子は気付かないし、それでいいのだ、と思っていた。だって敦は爪の先まで手入れが行きとどいていようとそうでなかろうと、きっと私の事を大切にしてくれるから。だけどこうして、ちゃんと見ているよ、と間接的に伝えられることは、やはり嬉しい。
 大切にしまっておこう。そう思ってソファから立ち上がると、敦が尋ねた。

 「使わないの」
 「なんか、せっかくの贈り物だから、もったいなくて」

 まるで少女みたいなことを言っているな。そう気付くと途端に恥ずかしくなって照れ笑いでごまかす。大切で、使えそうにない、というのも本心。だけど本音はもっと別のところにあるのかもしれない。

 ……いつか失われてしまうものが、かつて確かにあったということを、目に見えるかたちで残しておきたい。心のどこかでそう思っている自分を、どうして否定できるだろう。

 敦が私の名前を呼ぶ。ちん。呼びかけにしたがって、ソファに腰掛けたままの敦に近づくと、やさしく腕を引かれて抱きしめられる。この体温も、その声も、ぜんぶぜんぶそのまま、取っておけたらいいのにね。

 「なんかまたつまんないこと考えてるでしょ」
 「どうだろうねえ」
 「絶対くだんない事だし」
 「そうだねえ」
 「……ちん」
 「うん」

 こどもみたいにぎゅうぎゅうに抱きしめられると息が詰まる。あまりにも幸せで、あまりにも信じられなくて。敦はまだ男の子で、私はもう冗談でも自分の事を女の子とは呼べない。それが解っていてはじめたはずなのに、予想していたよりもずっと自分が臆病で困る。これからもずっと一緒にいよう、なんて、勇気がない私には口に出すことも願うことも出来ない。

 「敦」
 「……なに」

 はぐらかすような言葉しか返さない私に、敦はふてくされたようだった。拗ね切ったこどもみたいな声が返るのにすこし笑って、私はその頬に指をすべらせる。
 この指先がシロップのようなマニキュアで彩られる日は、きっと来ない。