久しぶりに会った静雄の指先が真っ赤に染まっているのを見て、私は思わず眉を寄せた。思えば高校時代から、手袋をわずらわしいと言いマフラーを鬱陶しいと言うような男だった。確認のように、「手袋は? 持っていないの?」と尋ねると、案の定、静雄は「んなもん持ってねえし、なくても平気だって」と頓着せずに言う。私はその言葉にさらに顔をしかめる。静雄はそろそろ、自分に好意を抱いている人間が確かにいる事を知るべきだし、人からの好意に関心をはらわないことがひとつの罪であることを学ぶべきではないだろうか。少なくとも私は静雄が寒がって冬を越す事に我慢がならないと感じている事ぐらい、知っていてくれてもいいんじゃないだろうか。

 虫の居所がよくなかったのかもしれない。あまりにも無頓着なさまにむかむかしたので、いくつかの世間話を済ませ静雄と別れたあと、わたしはすぐに百貨店に飛び込んで手袋を買った。いかに私が静雄のことを案じているかを思い知れ。そう思う。それは、おそろしいほどにただしく愛だった。一方的で傲慢で善かれと思いその言葉を使えば何でも許されると思っている。自分の思い通りになるまで叩きのめし、自らの正しさを疑わない。


 嫌な言葉だ。









 「ただいまー」
 「おかえり」
 「あー寒い。なんで暖房つけてないの」
 「暑いんだもん。乾燥するし。」
 「加湿機あるでしょ」
 「あれ付けると本が湿る」

 臨也との会話は嫌いではないけれど、しかしまれに、どうしようもないさびしさを埋めるために躍起になっているように感じることがある。ひびのはいった瓶に水を注ぎ続けるような虚しさ。そして今日がそれだった。
 早々に会話を切り上げるために立ちあがって台所に向かう。喉などちっとも渇いていないが、何も話したい気分ではなかった。一応臨也に「コーヒーでも飲む?」と尋ねてみるが、ソファに腰掛けた臨也からは一向に答えが返らない。焦れてリビングをのぞき込むと、臨也はただ、嗤っていた。

 手に、静雄への贈り物と、先ほどまで書いていたカードを持って。


 何と書いただろう。
 冗談のように好きだと書いたかもしれない。大切だと。何を。一体何を書いただろう。
 言い訳をするように慌てて口を開く。言い訳などする理由もないのに、そうせずにはいられなかった。

 「……静雄に手袋をあげようと思って。今日会ったんだけど、寒そうにしてたから。」
 「へえ? シズちゃんが寒さを感じるように出来てたとはね」

 「驚きだなあ」と、さして驚いてもいない口調で言う、その言葉の白々しさ。カードをそっとテーブルの上に戻す、臨也のあかく染まった指先を見ていられなくて、私はそっと目を伏せた。気まずさを覚えるような関係ではない。しかし、耐えられなかった。

 「ね、コーヒーまだ?」

 嘲笑うように臨也が言う。














 次の日、カードと贈り物は跡形もなく燃やされていた。


 見つかった時からきっとこうなるだろうと思っていた。予測できているのだから衝撃はないけれど、けれど心がまったく動かされないかといえばそれは違う。


 臨也は、私がひとり眠った後、いったいどんな気持ちでマッチに火をつけたのだろう。
 燃える様を眺めていただろうか。それともすぐに立ち去った? いったいどんな顔で、いったいどんな気持ちで、何を想っていたのだろう。

 臨也。

 ばかな臨也。


 これを愛だと言うのなら、私はすべて、許せそうな気がするのに。