さよならを言うために
 「変人だとは思ってたけど、クリスマスだからって浮かれる人種とは思ってもなかったわ」
 数日前とは趣の変わった部屋を眺めて、呆れたように波江はそう口にした。ホテルのエントランスにあるような立派なツリーと、そこにかかったいくつかのオーナメント。色合いは波江もよく知る娘の好きな色に統一されていた。それを見るだけでこの男の心境が伺い知れるというものだ。波江は鼻で嗤いたかったが、けれどそれは自分を嗤うようなものなのかもしれない。愛に盲目なもの同士。冗談じゃない。

 「ま、一遍ぐらいはね」
 臨也はそう言って笑う。彼の恋人はもうこのツリーを見たのだろうか。彼の愛を。あの娘は一体何と口にすることだろう。きっとうまく呑みこめずに、曖昧に感謝をするのだろう。

 ああ、本当に馬鹿ね。あの娘があなたにしてほしいと願っているのはこんなことじゃないし、あの娘が欲しがっているのはこんな重たい贈り物じゃなく、たったひとつの言葉だっていうのに。

 気付いているのか、いないのか。
 解っていて確実な言葉を与えないのか、どうか。

 波江には解らない。そして与り知る必要のない事だ。クリスマス。贈り物。ああ馬鹿馬鹿しい。そういえば誠二のもとにはもうプレゼントは届いただろうか。

 臨也は、携帯の待ちうけである弟の写真を見つめている波江の姿をぼんやりと眺めていた。届かない、返ってくることもない、けれど波江はただひとりを見つめている。笑い飛ばしたいような愛情だったが、けれどいま臨也が抱いているものもまた、同じかたちをしているのかもしれないとふと思った。

 臨也にとって、おそらくは恋人ではない。そして愛しているわけでもない。では何なのかと言ったら、おそらく臨也にとってのとは、大切な人なのだろうと臨也は思う。大切で特別。そして、遠くにありて思うもの。

 近くでは。
 近くにあっては、臨也は決してを見つめる事が出来ない。愛する事も、何も。
 あまりにも、まばゆすぎるから。


 幾重もの殻をはぎ取った時、そこに残る臨也は臆病なだけの男だと、他でもない臨也自身がよく知っている。だからこそ強いふりをし、だからこそ高みにあるように振る舞う。けれどその実、本当に欲しいものには手を伸ばす事は出来ない。
 ただ、遠くで想う事しか。

 「……想うなら、ひとつぐらい思い出がないと、さ」

 臨也はぽつりとそう零した。その言葉が波江に届いたかどうかは解らないが、波江が何かを言葉にする事はなかった。おそらく聞こえたところで馬鹿な男とでも思われるだけだろう。違いはない。臨也は馬鹿だ。
 だが馬鹿だからこそ、ここまで真っ直ぐに誰かを想う事が出来る。

 臨也はちらと壁にかけた時計に目をやった。もうすぐ臨也の大切な人間がここにおとずれる。たくさんのものを胸に抱え、たくさんのものを臨也に渡すために。


 あと何度、俺は君に手を伸ばすことができるのだろう。
































これくらいの感じで
 「あ、幽ちゃん」
 3人で並んでテレビを見る。手元にはそれぞれホットココアとコーヒーとホットミルク。私の言葉を受けて、幽ちゃんがテレビに眼をやり、「ほんとうだ」とゆっくりと口にした。静雄はただ言葉もなく、実の弟が出ているCMに目を奪われている。最後に流し眼をやった幽ちゃんが商品名を口にしてCMが切り替わると、私と静雄はほとんど同時に感嘆の息を漏らす。
 「かっこよかった…」
 「やべえな、あれ」
 そんな私たちを見て幽ちゃんはすこし笑ったようだった。傍目には解らないかもしれないけれど、私たちには解る。そんな笑い方。そして静かに、ありがとう、と口にする。音楽みたいに。

 クリスマスに幽ちゃんの仕事がないというので、私たちは静雄の家に集まってみんなでゆっくりと過ごすことに決めていた。私が前から見たかった映画をツタヤで借り、おいしいものを幽ちゃんが持ってきて、静雄はそれを待つ。幸せな私たちの関係。私は恋人の弟が本当に好きだ。幽ちゃんについて想う時、私はいつも湖をイメージする。静かで美しく、私たちの言葉により水面を揺らしそっと答える。そんな恋人の弟。

 そして当の恋人について言えば、私はいまだに彼を形容する言葉を持たない。ちまたでは喧嘩人形などと物騒な通り名があったりするようだが、私にはそれはしっくりこないし、まただからといって他の言葉でも言い表わせるようなひとでもない。私にとって静雄は静雄で、いまもまた、暖房にすこし頬をほてらせたその横顔を見るたびに、ああ幸せだなあ、と思う。静雄が静雄で、本当にいいなあ、と。

 私はあまりのよろこびにうふふと笑う。怪訝そうに静雄が私を見る。「なんだよ」。ぶっきらぼうなのは照れているからだと、この場にいる静雄以外の人間はとっくのとうに知っている。「なんでもない」。私はそう答える。そう、これは私たちにとって何でもない事。日常のほんの一部分。だから、嬉しくなって頬にキスをしてしまうのもあたりまえのことで、それに静雄が頬を染めるのもまたあたりまえ。そしてそれを見つめる幽ちゃんがどことなく嬉しそうに見えるのも、勘違いではなくまた、私たちにとっては当たり前のことなのだ。


 わたしたちはこれから三人で映画を見るだろう。幽ちゃんが持ってきてくれたごはんを食べながら、すこし行儀悪く映画を見、三人できゃあきゃあ言って、そして疲れて眠るだろう。三人で。静雄を真ん中にして。抱き合うように。

 わたしたちの夜は、幸せに満ちている。