好きなことは、と昔に聞かれたことがあって、そのとき私は驚いて思わず笑ってしまった。何がおかしいの、と尋ねる声が憮然としていて、自分でも理由が解っているくせにそ知らぬふりをしようとする目の前の男が、急にいとおしく思えたのを今でもはっきりと覚えている。情報屋に知らないことがある、というのも不思議だったし、何よりそんなささいでかわいらしい質問をするとも思っていなかったのだ。胸が一面あわいばら色で染まるのを確かに感じた、幸せだと思えた。くちゃくちゃのベッドで寝ること、と感情のまま笑顔で返すと、臨也から帰ってきたのは昼に似つかわしくないあやしげな微笑で、すぐに実現してくれた。私が意図していたのとは別の意味で。最低だ、そういう意味の言葉じゃない、どんなに文句をつけてもすべて終わったあとでは愚かしいほどの幸せな睦言にしかならなかった。むずがゆくて、もどかしくて、馬鹿みたいだ。いつか全てが過去になったときに、自らの幼さだとか、それに任せたこんな甘ったるい空気を恥ずかしく思う日が来る。解っていても砂糖漬けになりたかった。目の前の男がそうである限りは。 あれから何年経ったのか、砂糖漬けとまではいかないけれど、少しだけジャムが落とされた紅茶のような生活はいまだに続いている。あの時私が伝えたかった通りに、毛布や掛け布団やクッションがいくつもてきとうに散らばった、くちゃくちゃのベッドは臨也の部屋にもしっかりと置かれている。くちゃくちゃのベッドの上で、私も臨也もくちゃくちゃでべたべたになって、飽きることなくいつかのことを話す。訪れなかった未来も、あるべきだった昔の話も、お互いの失敗も希望も、すべてを内包し、今夜も私たちは寄り添って眠るのだ。あの時に感じたばら色は、いまだ褪せることなく私の胸に咲き続けている。 |