「いいよ」

 あのね、私、思ってるよりずうっと頑丈に出来てるの。だから、たとえ傷ついても、壊れちゃっても、いつか直るよ。静雄が直したいって、やり直したいって思ってくれるかぎり、直るから。だから、平気。言い切るように告げる、自分がすごくずるい生き物に思えた。お前を壊すかもしれない、などと真正面から向き合う静雄に対して、私はこうして言葉で静雄の行き先をひとつにしてしまう。そこにしかもう逃げ道はないのだと、嘘のみちびき、何も知らない羊を追い立てて、足を踏み入れるのを今か今かと待っている。卑怯だ。でも、そうまでして、すべての退路をふさいでまで、私は目の前の不器用な男がほしかった。傷ついても、苦しくても、それでもほしかったのだ。ずっと。

 ぶら下がった右腕にそっと触れる。大げさなほどに強張るのが解ったけれど、強欲な私はもう止める手段を知らない。すこし節ばった、かたい手のひら、そっと指を絡めてゆるく握る。迷子になった子供みたいに頼りない顔、目を見て頷き返す私は悪いところへいざなう人さらいのようだ。でもこの手を解けない、離せない、どうしたって。いつか償いのための日が来るだろう、こうして中途に触れなければよかったと思うような別れも、いつか必ず。それでも、

 ぎゅうと私の手をかためる、そのちからは思っていたとおりに今までに触れた誰よりもずっと優しかった。きっと静雄はきれいなままに、私が静雄をひろいあげたのだと思っているのだろう。だけれど、真に救いを求めて、溺れ死ぬかもしれない信仰の嵐へと立ち向かっているのは私のほうなのだ。いっそ壊されたほうがましだと思った。壊されて、直らないで、ずうっと記憶に刻み付けてやりたい、自分の幸せを思えばそんな残酷な言葉しか出てこない。そんなので壊れたりしないよ、笑いながら告げる私は、半ば泣きそうな気持ちで奇跡を手放さないよう強く握り返す。張り詰めた、切実な強さで、きつく。